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2007年1月30日 (火)



バス待ちのベンチ。

初老を過ぎた辺りの男性が席を詰めてほしい、と言ってきた。

詰めたら座れそうな感じもしなくもないが、キツキツで座ってもお互い楽しくないだろうと思って譲った。

バスに乗り際、その人から一本の水仙を貰った。

空いている花瓶が確かあったな。

ありがたく飾るとしよう。

2007年1月28日 (日)

長くだらだらと暗く

随分と人付合いが悪くなってから半年くらいが経つ。

元から人付合いがいいほうではないが、それにしても酷いものだ。

ついでに家の事情で土日にあまり遊びに行かなくなってからは、一年半くらいか。

人生では何度か精神が崩壊するらしいが、だとしたらこれは三度目か、四度目か、五度目なのか?

否、回数なぞどうでもいいことだ。

一向に浮上する感のないこの状態は、困ったものである。

昔から機嫌は安定しなかったが、本当に今回は酷い。

情緒不安定と言う言葉は嫌いだが、まさしくそうなのだろう。



一昨日、昨日とまた運の悪いが続いて、なんだか世界との境界がおかしい気がする。

浮き出ているというか、ブレているというか。

違和感が拭えない。

そういえば最近は、ここ数年感じていた位置のズレがないなと今思った。

私は勝手に座標がずれたと呼んでいるそれは、説明しても分かりにくいかもしれない。

空間認識がずれるというか、例えば今立っている『ここ』が一瞬にしてほんの少しだけ移動したような感覚。

乱暴に言えば、一瞬だけ意識が飛んだような感覚。

ほんの少しだけずれるため、たまにフラつく程度で生活にそんな支障はなかったから、別にどうでもいいのかもしれない。

しかし脳のどこかがいかれたのかと思っていたから、それが無くなったということは、少しはマシになったのだろうか。

いやでも、人付き合いの悪さは順調に酷くなっていっているから、それとはまた話が別なのだろう。





昔から何度も捨てようと思ったものがある。

今またそれを捨てたいと思っている。

人付き合いが酷くなっていっている原因は、一応見当がついてはいる。

最近では私の機嫌が一番いいのは職場でだなんて、皮肉なものだ。(一年ほど夢中になっている事柄が別に存在するが)

前は職場での機嫌が一番よくなかったというのに。



そうだ、前からあれは特に必要だとは思っていなかったのだ。

だから今もまた捨てたいと思っている。

それを捨てたらどうなるかなんて、想像に容易い。

何にでも意味を求めるのは私の癖だが、意味を感じないそれを一体いつまで持っていればいいのだろう。





昔よりずっと、基本的なテンションが低くなったように思う。

その中で上下する機嫌は、何に支配されているかなど分かっている。

脳も所詮肉体の一部なのだ。

肉体とは独立した精神などという幻想はそこには存在しない。

どこかの本では精神というものもないと言っているが、私は精神という概念は成立すると思う。

過去や既存の塊という意味では、精神は存在する。

けれど、精神を貯蔵する部分が脳である以上、肉体の影響を受けないわけがない。

身体の調子が悪かったら精神状態だって変わる。

気圧や気温や集団や代謝が変われば変わる。





一体こんなことをここに書いたからと言って何ら意義があるのだろうか。

世間への主張か?

周囲への不満か?

人生への悲嘆か?

いやそうじゃないこれは――愚痴なんだ。

2007年1月 7日 (日)

果てしなく遅ればせながら

明けましておめでとう。

今年もよろしく……というほど、大したものでもないが。





去年はずっと、鞄と靴が欲しかった。

ていうか今でも欲しい。

一昨日、ようやく鞄は気に入ったものが見つかったけれど、靴はまだだ……。

買っては失敗し、買っては壊している。

もうこれは、オーダーメイドしたほうが早いんじゃなかろうか。

多分私は、注文がうるさいのだ。

今履いている靴は、かなり壊れ気味である。

大至急靴が欲しい。

くっそー……。

新年早々変な記事書いたなぁ我ながら……。

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